2009年

大村市

森園公園・天正遺欧少年使節顕彰之像



大村市の森園公園は長崎空港に入る道の交差点にあります。

散歩やジョギングをする小道と浄化された水が流れる水路があります。



中は芝生に覆われ子供達とボール遊びしたりするのに

良さそうです。ベンチや木陰もあります。

遊具はスプリングの遊具が3つありましたが痛んでます。

トイレは水洗の綺麗なやつと水飲み場もありました。




海を見ると長崎空港が望めます。







公園の西南の隅には天正遺欧少年使節顕彰之像があります。



眩しい程の少年達の像
(逆光だった・・・ orz)



(少し補正しましたが朝夕に撮影した方が良く撮れそうです)





伊東マンショが先頭に立ち



(左側から)千々石ミゲル、原マルチノ、中浦ジュリアンが力強い眼差しを

遠く・・・見据えます。

並びは伊東マンショが正史で立場上うえだからでしょうね。





帆船に見立てた碑にはこう記してありました。

天正遺欧少年使節讃

天正十年(西暦一五八二年)千々石ミゲル、原マルチノ、

中浦ジュリアン、伊東マンショは大名 大村純忠、有馬晴信

、大友宗麟の少年使節として神父ワリニアーノに伴われ

長崎港を出帆した。ミゲルは純忠の甥、マルチノとジュリアン

は大村領に生まれた。天正一二年ポルトガルを経て苦難万里の

旅路の果スペイン国王ローマ教皇に謁見し使命を果たすと共に

接した人々にその勇気賢明礼節を感銘させまた日本の存在を

強く印象づけた。日本文化に影響を残す多彩な品々を携え

天正一八年帰国したが急変した時勢のため逆境にありながらも

信念を貫いた。

長崎出発4百年に当たる今年今は世界の空を結ぶ使節にゆかり

深きこの地にその雄図を讃え併せて若き世代にかかる大志の

燃え之続けよと念ずる人々この像を建てる。


昭和五七年九月二十日

文並びに書 福田清人
 



その後の彼ら4人はそれぞれの人生を歩みます。

伊東マンショ・・・病死

千々石ミゲル・・・棄教

中浦ジュリアン・・・殉教

原マルチノ・・・国外追放





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福田清人


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