川棚町

片島 魚雷発射試験場跡 魚雷監視望楼



前回レポートした川棚町の
魚雷発射試験場跡に追加の
レポートです。2010年1月「世界の艦船」と言う雑誌に
川棚の戦争遺構のページがありましたので
(mixy川棚町コミュで知りました)
再び川棚町の片島へ。
前回気付けなかった魚雷監視望楼へ魚雷発射試験場跡地から
大股でシダかき分けw 10分ほどで頂上に到着。



頂上の全体像見たつもりでしたが見える所に・・・  orz

言い訳すればスズメバチが跳び回ってましたので
逃げ腰だったのが見落とした原因ではあります(汗)



この頂上の観測所が造られた詳しい年代は分かりませんが
魚雷発射試験場は出来たのが1918年ですので100年近い歴史が
あるはずです。の割にはしっかりしてる気がします。


(画像をクリックすると内部を写した動画を見られます)

内側から外を見た観測窓です。



窓には木枠があります。



この跡から見ると二階に上がる階段があったようです。



監視窓を下から見上げました。
コンクリートが抜け落ちていますが突き出た面白い
構造になっています。



はしごがあったので拝借して二階部分に上がってみました。



流石に見晴らしは良いようです。

川棚海軍工廠で作られた酸素魚雷って航跡が少ない事が
特徴だったかと思いますが、見える人にはちゃんと見えたん
でしょうね。魚雷が走ってるとこなんて見たこと無いのでwww






帰り道同じ道戻らずに頂上に向かう道を外れて反対側に
抜けるだろう道を進むと何やらコンクリートの建造物。



貯水池のようですが現代には無用の物のように見えます。
近くに畑有りませんし・・・これは何だか今後調べる内には
分かるかも知れませんね。



これ!! 「世界の艦船」の記事で一番気になっていた
地下壕の入り口!!あっさり見つかって良かった(w

他にもあるようですがハッキリ場所が分かってないのに
藪こきしてまで探したくなかったもので(汗)



中は土砂で埋まってるようです。

この地下壕は当然他の所と繋がってます。
しっかりしてるように素人目には見えるので
廃墟にするのは勿体無い気がしてしまいます。


地下壕の入り口に向かう途中、竹林の中に構造物の跡を
見つけましたので竹林の中に入ってみました。



いきなり鳥居・・・上は先に書いた貯水槽です。
構造物はその下にあります・・・・・・・
(片島神社跡と判明、1913年
(大正2年) 三越地区に遷されたそうです)




周りの木の成長具合からして近年の物では無い
ようですね、年代的に近くの貯水池と同じようです。



はてさて・・・宿題が増えて・・・

分かる方がいらしたら、どうか教えて下さい。

hasamiouendan@yahoo.co.jp


地図


関連レポート

川棚海軍工廠跡他

魚雷発射試験場跡

特攻殉国の碑


2010年4月 up
2013年2月 更新


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