2011年
佐世保市
 

させぼエコプラザ 
佐世保空襲資料室  



佐世保市戸尾町にある特定非営利活動法人させぼエコプラザ
に行ってきました。ここでは環境学習やエコクッキング、リサイクル、
または卓球マシンで汗を流す方々もいらっしゃいました。

今日は佐世保空襲資料室を見学にやって来ました。



させぼエコプラザの2階にあります。



「臨時召集令状」俗に言う「赤紙」です。

主に太平洋戦争時の資料が展示されています。



やはり実物を見ることが大切だと思います。



武運と幸運を祈る千人針、手前の物は退色していますが
「大日本」と描かれていました。



原爆もですが各地の空襲の資料も展示されていました。
今回は佐世保大空襲についてレポートします。

終戦近い1945年6月28日23:50、雨天の日には爆撃は
無いだろうと市民の油断をついてグアム島から3波に別れて
141機の
ボーイングB29戦略爆撃機縦断爆撃を行いました。

1000トン以上のM17A1、E-48、E-46 500ポンド焼夷集束弾、
AN-M76 500ポンド焼夷弾 が2時間にわたって降り注ぎました。



これが「火の雨」と呼ばれるものですが焼夷弾が燃えてる
訳ではなく落下する焼夷弾の姿勢を垂直にする為に付けられた
リボンが火薬で燃やされる時に見える火だそうです。



焼夷集束弾の模型です。高さ約150cm。
この中に38発の焼夷弾が入れられています。
投下されると上空700m付近で
集束してあるベルトが外れて1個2.4kgの重量の
焼夷弾が真っ逆さまに落ちてくるのです。



これが焼夷弾です。

これが建物の屋根を突き破り着地後5秒で火薬が炸裂、マグネシュームが
点火され中に入ったナパームが燃焼、容器が耐えられず爆発して
30m四方に燃え盛るナパームが撒き散らされのです。
それだけでなく直接人に当たって亡くなる事もあったようです。

(ナパームについてはナパーム弾を参照) 



グアム島の第21爆撃集団は当初高高度からの軍事施設を
爆撃目標にしていましたが1945年1月就任した
カーチス・ルメイ
少将
は無差別爆撃推進派でこの日から終戦まで北海道を除く
各都市の無差別爆撃が行われました。

(北海道はB29の飛行距離の問題で本機による爆撃はまぬがれたが、米機動部隊艦載機
約2000機による空襲を7月14日〜15日に受けて全道で被害を受けています。)
 



焼夷集束弾の弾頭部分



焼夷集束弾の外筒をこの部分で鉄のベルトを通して
止めていたものだそうです。



戸尾小学校を狙って落とされたAN-M76 500ポンド焼夷弾の破片です。
実は、させぼエコプラザは廃校になった戸尾小学校を再利用されています。



ジオラマで当日の3波の爆撃コースを青とピンクの糸で示してあります。

第1波は烏帽子岳の山裾を木風・山澄辺りから左石・泉福寺までを中心に
爆撃し第2波は但馬岳から前岳の裾野を縦断爆撃し、最後に逃げ惑い
市街地に集まったであろう市内中心部を縦断爆撃しています。

2時間余りの短時間に1000トン以上の
(米軍の任務表には合計1077.01トンとあります) 
焼夷弾が落とされて罹災者数約65000人死者数1226人以上という
多くの犠牲者を出しました。

無慈悲な行為は戦争だから起こるのか・・・人という動物が元来持って
生まれたものなのか・・・そんなことを考えながら資料室を見て回って
いたら目頭が熱くなってきました。


佐世保市は毎年6月29日に空襲の犠牲者の追悼式を行っています。




させぼエコプラザ

長崎県佐世保市戸尾町5−1
(松円幼稚園・円通寺と入る道は一緒みたいですが車一台分の狭い道です)  

開館日 火曜日〜日曜日

開館時間 10:00〜17:00

休館日 月曜日

地図 

TEL 0956−25−0055

E-mail 
saseboeco@saz.tvs12.jp


参考にしたWEBサイト

フリー百科事典Wikipedia 

青森空襲を記録する会 

親子で訪ねる横浜大空襲 

NGP - 日本物理探鑛株式会社 


関連HP内レポート

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弓張岳砲台跡
 

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2011年6月20日 up 


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