2011年
唐津市

鏡神社

まつらの姫達の宴で取り上がられていた6人の姫の一人
神功皇后(息長足姫
おきながたらしひめ)を一の宮に、大宰少貳藤原広嗣朝臣を
二の宮に祀る鏡神社を短時間でしたが見学しお参りしました。


 
一の門には「鏡神社」と記されています。
奉 皇太子殿下御成婚記念と彫られていました。



二の門には「鏡宮」とあります。鏡神社(旧県社)旧称、鏡宮、
松浦宮、鏡尊廟、松浦廟宮、板櫃社と説明板にありました。

創立、天平勝宝二年(750年)、社殿、天平十七年九月九日(745年)

神功皇后が三韓征伐の出兵の折、戦勝祈願に七面山(現・鏡山)に鏡を納めたが
後この鏡が霊光を発したことから神功皇后が自らの生霊を込めて祀った
事がはじまりと言われているそうです。



珍しい虎の狛犬(狛虎?)
京都の鞍馬寺、法輪寺などにも虎の狛犬があるそうです。



立て札に「子育狛犬 子宝家内安全」とあります。



なるほどお腹と前足の間に子虎が顔を出しています。


安産・長寿の霊水

昔、神功皇后が隣国侵攻の為、当地に到着されました。
皇后はその時懐妊されておられ、陣痛が激しく起こった
ので、ある土人がこんもりと生い茂った林の中にこんこんと
湧き出す清水があり、これを汲んで皇后に差し上げて、
お飲みになられた所、忽ちにして御回復なされました。
そして無事安産となり、その御子応神天皇にお在しまして
御長寿を保たれました。土人達畏みて、この皇后を安産
子安の神と称え、この清水を安産長寿の霊水として、
後世語り伝えられる事となり、今に懐胎者のよき飲料水と
信じ仰がれています。

                    鏡神社 


私には安産は関係有りませんが長寿と家内安全には
肖りたいのでここの水で清めさせていただきました。



岩に前足をかけて立ち上がったスタイルの狛犬。



コチラは更に玉を持ってます。



蹲踞した狛犬。



後は社務所です、宝物殿が一緒にありますが時間が
無いのでお参りだけしました。



一の宮、先に書いたように神功皇后を祀ってあります。

本殿は明和七年(1770年)に火災で消失し宝物旧記は灰塵と化したそうです。
明和八年再建、昭和二五年解体、昭和六一年再建とあります。

懐妊中に海を渡って新羅を攻めるなど勇ましい方です。
月延石・鎮懐石をお腹に当ててさらしを巻いて出産を遅らせた
そうです。170年〜269年没と昔としては長命です。
実在説・非実在説あるそうですがそれは史家にお任せして
ロマンとして楽しみたいと思います。





二の宮は大宰少貳藤原広嗣朝臣を祀ってあります。
藤原広嗣の乱で敗れた藤原広嗣は唐津の地で処刑されたそうです。

朝廷の政治を担っていた藤原家が吉備真備と玄ムのにより勢力を
弱め太宰府に赴任させられたことを左遷と感じついには反乱を
起したのですが吉備真備と玄ムもやがて権力が弱まり玄ムが左遷先で
急死したことを藤原広嗣の怨念と思った同じく肥前国司に左遷された
吉備真備が藤原広嗣の霊を鎮めるために建てた神社だそうです。




天平勝宝二年がこの宮の肇なり・・・とありますので最初に
鏡神社に祭られたのは藤原広嗣だったのかな?!
そういえば昔の名称の中に板櫃社とありました。
藤原広嗣の乱の戦場が板櫃川付近だと記憶しています。



本殿は寛政二年(1790年)再建とあります。



立神祠、立神様は特に身体の痛みに霊験あらたかな
神様だそうです。



「紫式部文学碑」

調べてみたら「源氏物語」五十四帖の第二十二帖「玉鬘」が
この地に関係あるからのようです。(読んだこと無い・・・)


鏡神社の敷地内には梅園があってもうそろそろ綺麗に花を
付ける頃だと思います。

また今度ゆっくり訪れたいと思います。


参考資料
Wikipedia  


2011年2月25日
(取材2月20日)

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