2012年
多久市

多久聖廟 



平成25年3月30日(土)まで毎週土曜日を一般公開されるので
良い機会でもありますので多久聖廟を訪れました。



多久聖廟は言わずと知れた学問の神様「
孔子」さまを祀る
恭安殿です。



孔子廟として
足利学校(栃木県)・閑谷学校(岡山県)に次ぐ
古い建物で、数ある聖廟の中で最も壮麗であると言われているそうです。



中国の故事にならい後ろに山を、正面に仰高門、門の前にハン池を作っています。



聖廟に彫られた紋様なども中国色が見て取れます。





象と龍、対をなすものは阿吽の表情がありました。



鬼瓦などの資料も近くの資料館に展示されています。



正門を開放され中を見ることができますが(中ではボランティアのよる
説明があってます)中での写真撮影は禁止されてましたのが残念でした。

中に見える厨子が「聖龕
(せいがん)」でその中には中村タ斎の作った青銅製の
孔子像が祀られています。(1700年作、中村タ斎は1702年に
没してますので晩年の作・・・最後の作品かは不明)

天井を見ると龍の絵があります。たぶんこれが今にも飛び出してきそうだったので
鱗を一枚描かずに未完成にした龍じゃないかな??
(夜な夜な龍が絵から抜けだして池の水を飲むので鱗を一枚抜いたとも)
薄暗いので目が慣れるのに少し時間がかかりましたが
ボランティアの説明を聞いてる内にだいぶ目が慣れましたので
麒麟や龍の彫刻などじっくりみました。


ちなみに四配(顔子、曽子、子思子、孟子)の像が有りましたが
以前盗難にあって当時のものではないそうです。
孔子の像も盗もうとしたようですが聖龕から出せずに無事だったそうです。
(聖龕を解体する手順は3人しか口伝えされていないそうです)

この聖龕と孔子廟をあわせて国指定の重要文化財に指定されてるそうです。
(孔子像は多久市指定重要文化財です)



東原庠舎、その前身の学舎、その後孔子廟を建てた多久邑主
多久茂文は当時としては開けた考え方が出来る方だったようで
士農工商と厳しい身分制度を引いていた江戸時代において
学ぶ志があるものは身分に関係なく学べる学舎を創りました。
そして「敬は一心の主宰、万事の根本にして、万世聖学の基本たり」
朱子の言葉を出して聖廟を見ることによって敬の心が起こり
孝悌忠信
「孝悌」は、父母に仕え、目上の人によくしたがうこと。「忠信」は、真心をこめ、偽りのないこと。)
の心が湧き出てくると聖廟の建設、孔子像の製作依頼を
行ったそうです。




多久観光協会の案内所の隣に趣きのある建物があります。
「李参平顕彰庵」で、休憩所としても使われています。
(お昼はここでお弁当をいただきました。そう言う使い方もよいそうです)

李参平は有田町では陶祖として祀られていますが最初は多久安順
(初代多久邑主)
に預けられて多久市内に3つの窯跡が残ってるそうです。



中にドラが置いてありましたがたたいても良いとの事でしたので
子供が遠慮気味にたたいてみました。あたり前のことですが
TVなどで聞くまさにドラの音でした♪



まだ見ることや、伝えることもあるのですが最後に
多久茂文公之像の写真を載せます。

出来ればあと1〜2回は見学してみたいと思っています。
それに春と秋にある釈菜も見たくなりました。

このあと西渓公園にも足を運びましたが寒鶯亭や高取伊好の
話は今度に機会にしたいと思います。



参考にしたHP

多久市HP 

多久市観光ガイド
(多久市観光協会)

ウィキペディア 

サイト内関連レポート 

有田町〜陶祖 李参平〜


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