2015年

武雄市

内田天満宮の天井画  



武雄市東川登町にある内田天満宮です。

 
  塚崎領主十代の後藤幸明が鎌倉の柄柯えがら天神の分霊を
 勧請したもので、中央に菅原道真、左に孫の参議中将輔正、
 右に正室吉祥女を祀ってある。幸明の父、九代の氏明が死去すると、
 辻後藤秀明が、自分こそ十代を継ぐ資格者である旨の訴状を鎌倉幕府に
 送り、相続争いとなった。幸明は武雄神社に勝訴を祈願すると共に
 鎌倉に行き、秀明の訴願は無根である旨を陳述し、鎌倉柄柯天神に
 参籠して勝訴を祈った。

  幕府の裁決は幸明の勝訴と決定したので、幸明は柄柯天神の分霊を
 受けて塚崎に帰り、内田天神を創建したのである。
  勝訴が決まったのが応長元年(1311)7月22日であるから、数年後には
 社殿ができあがったと思われる。

                         拝殿に示されていた縁起より抜粋


拝殿の天井画が97年振りに修復されることになりました。
奉納されていた天井画は有田工業高等学校の前身である
有田工業学校の図案科の生徒が描いたものです。
それを100年振りに後輩のデザイン科の生徒達が復元しました。



デザイン科の1〜3年生全員が携わったそうです。



長く美しさを保つためにアクリル絵の具を使ってあるそうです。



色が殆ど残って無いものなど、何が描かれているか質問して
実物の色を検索してみたり、苦労しながら復元していったそうです。



この後100年以上残るであろう天井画。
裏には復元に携わった生徒の名前が記されているそうです。



境内には推定600年のクスノキの御神木があります。

拝殿の屋根瓦の葺き替え、神殿の建て替え、裏山の伐採と
植林が行われていました。


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お披露目 


地図 


2015年11月

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