波佐見町 中尾郷


中尾上登窯跡






郷村記によれば「中尾皿山は、天保元年(1644)始めて
建立なり」とあります。また、天保年間(1830〜44)
の上登窯数は三三軒(うち本窯二五、安光窯四、灰安光四)
となっています。

平成三年に行われた古窯跡群の発掘調査で焚き起し付近の
室と最上部窯尻の溝部分が判明し、上登窯の全長は160
メートル以上、窯壁の幅が7メートル前後で、当時、世界
最大級であったと確認されました。

この登窯では、廃窯となった昭和四年(1929)ごろ
までの約280年間、白磁、青磁、染付の碗や皿などを
中心に大量の陶磁器製品が焼成されました。製品は全国
各地へ販売されました。

波佐見焼の歴史を物語る古窯跡は、文化財として永く
後世に残したいものです。

平成四年一月
長崎県波佐見町教育委員会
 



地図








大新登窯跡


大新登窯跡と同じ中尾郷に所在する中尾上登窯跡は、
平成3年(1991)の発掘調査の結果、全長160mを
測り、それまでに発掘された登り窯の中では世界最大規模
であることが判明しました。

ただし、江戸時代の古文書(郷村記)をひもとくと、
江戸時代末期、中尾上登窯跡が33室の窯室数であるのに
対し、大新登窯跡は39室と6室分多く、このことから、
実は大新登窯跡が世界最大規模の登り窯ではないかと
予想されてきました。


平成16・17年度(2004・2005)の2ヵ年に
わたって、発掘調査が実施されています。その結果、
大新登窯跡の全長は170mを測り、予想どおり世界最大
の登り窯であると結論づけることができました。

また、物原(失敗品の捨て場)からは江戸時代の庶民向け
器である「くらわんか」が大量に出土しています。
窯が開かれた年代は、古文書(皿山旧記)によると貞享
2年(1685)、窯が終了した年代については、出土品
から幕末頃と推定されています。

大新登窯跡は、やきものの大量生産を究極まで推し進めて
いった、江戸時代の波佐見窯業を象徴する窯として、
さらには、その巨大な威容から、国内ひいては世界の
窯業史にその名を留めるべき重要な窯と言えます。 


はさみ100選ガイドブックより



地図







波佐見町中尾郷

山神社
(陶山三神社)







俗称 山の神 勧請年暦不明、但し陶器山草創の時より
祀られてると伝えられている。

御祭神は大山都美命(山の神)、天児屋根命(祭祀を
司る神)、忌火産霊命(火の神 別名 火之迦具土の神)
御三柱の大神も過去山神社の御祭神として奉祀されている。
火産霊命(火の神 別名 火之迦具土の神)、神日本磐余
彦命(別名 神武天皇)、埴安姫命。

又、陶山三神社の三は、陶祖御三体として陶工鮮人の
李佑慶その二人の弟、隸佑・喜佑の三人のことで神として
仰いだのではないかという一説もある。

(境内説明碑より抜粋)
 





地図


中尾郷2へ続く


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