2009年

波佐見町

やきもの公園



焼物の町、波佐見町らしい公園です。

ここには世界の窯を見る事が出来ます。



角型石炭窯(素焼き付き)倒炎式窯

明治の初めに、ヨーロッパより導入された

石炭を焚く、倒炎式の窯です。

戦後の昭和45年頃(1970)まで、波佐見で

最も多く使用された窯で、石炭と薪の混焼が

なされていました。

昭和の初期(1927頃)までは登り窯と平行

して使用され、戦後の復興期には最も活躍した

窯で、1960年頃、重油焼成に改造され、

1975年頃にガス窯に変わるまで、各地で

使用されました。




上絵窯(赤絵窯・錦窯)昇炎式窯

薪による上絵窯は、オリエントの昇炎式窯

とよく似てますが、中窯がマッフル

(二重構造)になっていて、炎が器物に

ふれずに熱だけが伝わるようになっています。

中国の赤絵(上絵)が、17世紀の中頃、

柿右衛門によって日本でも焼かれるように

なってから、現在の電気窯に変わるまで、

この形式の窯が使われました。

釉の上に、低火度の絵具で絵付けして、

700〜800℃で焼成し、焼き付けるものです。




ボトルオープン昇炎式窯

イギリスの代表的なやきものの産地

ストーン・オン・トレントで、18世紀

中頃から使用されていた昇炎式の石炭窯

です。窯の外側に、とっくりを被せた

ような、レンガの小屋がつくられており、

この中で、投炭作業をする珍しい形の

窯で、やきものが工業化された初期の

窯です。





景徳鎮の薪窯横炎式窯

中国の景徳鎮で、10世紀頃から使用

されている窯です。焚き口が一ヶ所の

超大型の薪窯で、基本的には穴窯と

よく似た、横炎式の窯ですが、平地に

築かれています。白磁、染付け、色釉

の器などが、大量の薪を使って、24

時間の短い時間で焼成されています。

現在も、景徳鎮では少数の窯が使われ

ております。



連房式登り窯横炎式窯

中国、朝鮮半島を経て16世紀に日本に

導入された薪窯です。各室が連なって

斜面を登っている連続窯で、各室では

倒炎式的であり、窯全体では横炎式に

なる熱効率のよい窯です。

波佐見、有田の陶器や、唐津などの陶器

もこの形式の登り窯で焼成されました。

昭和の始め頃(1930年)までの長い

間、肥前地区のやきものの焼成の主力

になった歴史的窯です。




赤煉瓦の窯(囲い窯)

中国の田舎で見られる素朴な焼き方です。

粉炭を板状に固めた「煤餅」を、

日乾し煉瓦の間に適当に散らして組み入れ、

円筒状に積みあげ、外側は大きな粘土板で

囲い、上は煉瓦や土でおおい、下から火を

つけ、メービンを燃やし、赤煉瓦を焼成します。

トルコ、イラン、ハンガリーなどでは、煉瓦の間に

粉炭をまぶしながら、角型に積みあげ、

30〜40メートルもの城壁のようなものがあり、

半月以上も燃えつづけて、大量の赤煉瓦が、

少量の燃料で焼かれています。



トルコ キタヒヤの窯倒炎式窯

トルコの代表的なやきものの産地

キタヒヤで、現在使用されてる円筒形の

倒炎式の薪窯です。焚き口は1ヶ所あり

その一部に釉を作るためのフリット

があります。炎が昇るための大きな穴が

中心部に1ヶ所だけあり、器やタイル

などの器物は窯壁にそって棚積みされます。

器物の出し入れは上部の穴からなされており

そこが作業場の床になっているのが一般的

です。木材を使って、約1000℃で焼成

されています。



キタヒヤの窯の焚き口の裏側





オリエントの窯昇炎式窯

古代エジプトやペルシャなど、オリエント

で古くから使用されている円筒形の窯です。

窯の下に焚き口があり、木や草などを燃や

します。床には炎が通り抜ける多くの穴が

あいており、炎は器物の間を通って昇り、

排出されます。上の開口部には、こわれた

陶片や瓦などをおき、熱が逃げすぎない

ように適当に調節し、800℃ぐらいで

焼成します。

アナトリア、西アフリカ、スペインなどでは

この形式をほとんど変化させずに、現在でも

使用されています。


やきもの公園2へ続く


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