2011年
佐世保市

無窮洞 



宮村国民学校の教諭と生徒の手だけで造られた無窮洞と呼ばれた
防空壕に行ってきました。


(現地案内板)



土日は宮地区のボランティアの方々の案内を受けることが出来ます。
中に入ると気温が下がって過ごしよいです。



今は普通に立って入ることができますが当時は人一人通るのが
精一杯の広さだったそうです。


(画像をクリックすると動画が再生されます) 


入口からいきなり教室として使われた部屋に出ます。
奥が教壇で板張りだったそうです。
床に掘られた溝は壁を伝わる水を排水させる物だったそうです。



避難した生徒が生活出来るように生活に必要なものが
無窮洞の中にはありました。



こうゆう造形は教員がされたそうで、校長先生の影響ではないか
という話でした。

 

国民学校と言うと尋常小学校が4年生、高等小学校4年生
現在で言う小学生から中学校2年生までの生徒と教師が
外部の力を借りずに2年かけてここまでの防空壕を作ったそうです。
(小学校3年生から作業に従事したそうです、)

年上の男子がツルハシで穴を掘り、女子がノミと金槌で表面をなだらかに
していったそうです。なだらかなカーブを付けないと滲みでた水が
滴り落ちるからだそうでこれなら水は壁を伝わります。



600名の生徒、教師が入れるそうですがイメージ的には
立ってギューギュー詰めの状態じゃないかと思いました。

写真の左側が校長室で生徒は入れなかったそうです。
御真影棚等がありました。(動画はコチラをクリック)
その奥が食料庫になるはずでしたが製作途中で終戦になったそうで、
壁には生々しいツルハシの跡、荒い天井からは水が滴り落ちています。



更に奥が厨房で竈が2つ、調理場もあります。
鉄柵がある部分が通気口兼退避口で調理場の煙突替わりでも
あったそうですが、実際には使われることは無かったそうです。



急な階段は右側に曲がりながら裏山に続いてるそうです。



入口の横にある穴です。 ここから新鮮な空気を唐箕
(とうみ)
使って奥に送り込んだそうです。(唐箕は米と籾がらを選別する為
風で籾がらを吹き飛ばしますがコレが送風機として代用されたようです)



通路の縁にさえ装飾をしてあります。

底から1m程黒くなっていますがこれは貯水漕として使われた
名残だそうです。その為トイレはコンクリートで塞がれていました。

また、長崎市に原爆が投下された時に被害者が運び込まれて
一時医療施設として使われたそうですが、被害者は皆亡くなったそうです。

防空壕跡は殆ど入れない所が多いのですがココは造形の素晴らしさと
これを子供と教師の手で造られたと言う事実が深い感慨を得ることが
できる場所です。 以前と違って土日は気楽に入れるので気になった
方は是非とも無窮洞を実際に見に行って下さい。



長崎県佐世保市城間町

見学は12月29日〜1月3日以外

平日見学希望の方
TEL 0956−59−2676

9時〜17時
(16:30入場まで)

管理者 佐世保市教育委員会
TEL 0956−24−1111

地図 


普通車の方は宮支所に駐車して欲しいとの事を看板に書いてありました。
場所はココだと思います。


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2011年9月 

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