波佐見町

湯無田郷



湯無田の語源は「波佐見町史 上巻」によると
「郷村記によれば「ぬくみ井出」などの岩穴から温泉が出て
いたが、だんだん湯気が薄くなり、ついに常水になったので
この辺りの田を湯無田という」とあります。
「ぬくみ井出」が何処なのか分かりません。
(どなたか分かる方がいらしたら教えて下さい 
 )



陶山神社



熊野神社

昔、この辺りを治めていた内海氏が知多半島から
追われてこの地に着く時に熊野大権現のお札を
持っていた事で関所を通れた事で熊野大権現を
守護神として祀った事が由来のようです。

 

照日観音

その昔、戦で呪術を持って敵を撃退したと言う
照日姫を祭った観音堂です。



西圓寺 


 
 湯無田郷は現在、世帯数574戸、人口1720人で波佐見町で三番目に大きな自治会
として活動しています。
 郷の特徴的なこととして、まず湯無田郷を語るには歴史的過去を知らなければなりま
せん。郷内には二つの神社があります。
 その一つが熊野神社で、郷村記や波佐見史によると、今から約600年前の室町時代
に、現在の愛知県知多半島の野間内海を領有していた内海修理亮泰平が、波佐見に
来住する際に熊野神社のお礼を持っていたため、今の防辺田の地に神社を勧請して
守り神にしたといわれています。秋の9月26日には例大祭と五穀豊穣感謝の奉納浮立
が毎年催されます。
 もう一つの神社は、内海金山(波佐見金山)の麓に鎮座する陶山神社です。この神社
はその名のとおり、窯業の守護神として奉られています。元々この地には、摩利支天の
神と金山の守護神としての山ノ神が奉られていたもので、現在は合同管理して奉られて
います。
 波佐見金山は、明治29年に内海の川原川内の山で金鉱石が発見されて以来、湯無
田、井石、中尾、小樽の四郷に沿って鉱脈があり、その広さは390ヘクタールに及んだ
といわれています。
 また、金銀の含有量も良く、従業員も千名を数え、明治40年頃の「東洋一の金山」と
誇称された最盛期には、国を挙げての支援もあって芽を見張る程の繁栄ぶりで、発電所
の開発によって波佐見で最初に電灯が灯り、迎賓館が建てられ、更には波佐見金鉱郵
便局が開局し、盛り場や芸者屋、住宅や商店が立ち並び、大正3年の閉山に至るまで
波佐見銀座さながらの賑わいであったと言われています。
 時代の激変の中で現在では跡形もなく、中心となる沿線もシャッター街と化しつつあり
ますが、郷民の再生への意欲と心情だけは変わらないことを信じ、産業発展と美しい
自然環境との共生の中、伝統を守りながら明るい活気のある「湯無田まちづくり」を
目指したいものです。
                                     自治会長 内海幸次郎


平成21年12月号 広報はさみ GO!GO!郷!!
〜えんちの地区はどがんとこ?〜 より転載しました。



湯無田郷の石橋 


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